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星新一の挿絵たち。


真鍋博のプラネタリウム
『真鍋博のプラネタリウム』は、真鍋さんが挿絵を保存しているという話を聞いた星さんが、ショートショート1001編達成記念にそのイラスト傑作集を本にしてはどうだろうか、と新潮社にもちかけてできあがった本です。ショートショートのさわり部分と挿絵が掲載されています。

 ちなみに最初に星さんと真鍋さんが組んだ作品は、1958年(昭和33年)の「おーい でてこーい」。1001編を達成するまでの26年間のうち、実に25年に渡る長いおつきあいとなりました。

「真鍋博のプラネタリウム」表紙
( 画像クリックで拡大 )。

1983年(昭和58年)10月発行、新潮文庫。
現在は、古本屋で数百円〜1500円程度で入手できます。

1958年10月「おーい でてこーい」
「おーい でてこーい」

掲載されている挿絵は以下の通り。

【迷路の小惑星】
「おーい でてこーい」「ある占い」「求人難」「敏感な動物」「殉職」「責任者」「願望」「窓の奥」「ずれ」「振興策」「交差点」「友を失った夜」「利益」
【遊園地の流れ星】
「マイ国家」「虚像の姫」「そそっかしい相手」「ウェスタン・ゲーム」「新しい遊び」「いやな笑い」「テレビ・ショー」「レラン王」「出現と普及」「かわいいポーリー」「印象」「組み合せ」「夜と酒と」
【幻想の天の川】
「あの男この病気」「死ぬほど」「ひそかなたのしみ」「タバコ」「追われる男」「ビジネス」「マネー・エイジ」「ボッコちゃん」「若がえり」「収容」
【未来の超新星】
「矛盾の凶器」「かぼちゃの馬車」「大洪水」「殺意」「処刑場」「幸運の未来」「おカバさま」「企業内の聖人」「羽衣」「ジャックと豆の木」「いそっぷ村の繁栄」「新しがりや」「出口」「ある帰郷」
【大空のほうき星】
「安全な味」「夜の会話」「三つの劇的なカプセル」「最後の事業」「弱点」「親善キッス」「すばらしい星」「現在」「追跡」「夢のような星」「救助」「その夜」「スポーム第一号」「無重力犯罪」「底なしの沼」「ボタン星からの贈り物」

☆★☆ 真鍋博さんの略年譜 ☆★☆
「真鍋博のプラネタリウム−星新一の挿絵たち−」(新潮文庫)より引用。

1932 愛媛県に生まれる。生地、宇摩群別子山村は、いま全国2番目の小村。
1959(22歳) 多摩美大卒業。第1回個展。第二紀展に出品をはじめる。
1955(23歳) 池田満寿夫らとグループ「実在者」を結成。
1960(28歳) 朝日ジャーナル連載「第七地下壕」で第1回講談社さしえ賞を受賞。
1961(29歳) 光文社「英語に強くなる本」のさしえ担当。戦後最大の発行部数になる。●久里洋二、柳原良平とアニメーション3人の会を結成、草月アートセンターで発表会。
1964(32歳) ニューヨーク世界博日本館にイラスト壁画。星新一夫妻とパリへ旅行。
1967(35歳) モントリオール万国博を取材し、朝日新聞に絵と文を連載。サンデー毎日に「真鍋博の鳥の眼」連載。
1969(37歳) 銀座松屋、空間造形シリーズで、日本最大のちょうちんを制作展示。●アポロ11号三飛行士来日の特別番組で、アームストロング船長らと話す。
1970(38歳) 日本万国博三菱未来館の起案に、星新一、福島正美と参加。
1972(40歳) 沖縄国際海洋博テーマ委員。
1975(43歳) 作品集『真鍋博オリジナル1975』を講談社より刊行。
1976(44歳) 報知新聞「われら地球特派員」の取材でインド旅行。
1977(45歳) 星新一、小松左京、和田誠と香港旅遊協会の招待で旅行。
1978(46歳) はじめて切手をデザイン(国際児童年記念切手)。
1981(49歳) ポートピア'81 三菱未来館の起案に参加。
1982(50歳) 都バスの色を検討する「都バス色彩懇談会」で、新カラー決定に参加。●高松市総合福祉会館に壁画。
1983(51歳) テレビ愛知のロビーの壁画。●科学万博三菱未来館の起案に参加。

(ここまで、新潮文庫「真鍋博のプラネタリウム −星新一の挿絵たち−」より)


2000(68歳) 10月31日、東京都新宿区の病院で、がん性リンパ管症のため逝去。

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