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ウインクホシヅル 星くずのかご No.1「そのころ」 ジャンプホシヅル
新潮社「星新一の作品集1 付録」 1974年6月号より引用。


星くずのかご No.1「そのころ」

※ 「星くずのかご」は、新潮社・星新一作品集(全18巻)の付録で、
星さん関係のイラスト・写真など1枚と、4000字程度のエッセイを収録したものです。

 星くず1のイラストは、久里洋二氏画「セキストラ」のカット。
昭和32年11月号『宝石』より転載。

 なお、資料はホシヅルさんと九条ゆやさんからいただきました。お礼を申し上げます。

そのころ

※ 「」内は星さんの文章を引用。

昭和32年。私は30歳だった。

 そのころ私は、むやみと小説を読みふけっていた。そして、毎日のように有楽町の碁会所に出かけていた。調子がよければ閉店まで打ちつづけたし、負けがこむと切り上げ、どこかの映画館に入った。『縮みゆく人間』など、SF映画の多い時期であった。映画を見おわると、銀座のあるバーに寄る。小さく安い店で、気軽に飲むことができた。

 というと、なんと優雅な日々と思われるだろうが、現実はそうではなかった。その前々年あたりから、暗く重苦しい日の連続であった。思い出すのさえつらい。

 父の死後、会社を引きついだはいいが、巨額の負債と営業不振でどうしようもなく、整理を他人に委託した。雑事から解放されたというものの、精神的な空虚さは一段と増した。前途になんの希望もない。なにをしたものか、まるで見当がつかなかった。つぶれた会社の2代目、30歳の男をやとってくれるところなどない。友人に泣きごとを並べるには、私は意地が強すぎた。自暴自棄になるには、私は理性が強すぎた。だから、読書、碁、映画、バーということで、一日一日をつぶしていたわけである。いったい、これからどうなるのだろう。将来を考えるのがこわかった。

 そのころの日記が保存してある。当分は読みかえすまいときめていたのだが、この月報を書く参考にと、取り出して開いてしまった。やはりよくない。かなり昔のことなのに、昨日のことのように、いや、現在のことのように、思い出がよみがえってしまった。まだ、なまなましいのである。」

(中略)

「将来、想像力が枯渇したいつの日か、当時のことを作品にするかもしれない。なつかしさをもって回想できるような心境になれればである。まだ10年は、それを詳述する気になれそうにない。」

(中略)

「その年の日記を少し引用する。

 1月23日
 《晴。カゼひいて、うちに寝ている。『火星人記録』を読む。こんな面白いのは、めったにない》

 現在は『火星年代記』という本来の題名で新訳がでている。レイ・ブラッドベリの作品。宇宙冒険物かと思って読みはじめたのだが、予想に反し、しっとりした詩情の流れている作で、新鮮な衝撃を受けた。読後感を書き残しているのは、この本だけである。

 5月30日
 《原稿書き。ラジオを聞く。『宇宙機』11号くる》

「セキストラ」という妙な作品を書きあげた日である。」(中略)「なお、『宇宙機』とは円盤研究会の会誌。

 6月25日
 《柴野氏、来る。『宇宙塵』2号できる。碁、バー》

 柴野巧美氏の主宰するSF同人誌『宇宙塵』に、その私の作品がのった。」(中略)「そして、幸運にも、それが江戸川乱歩先生の編集する『宝石』という雑誌に掲載されることになった。

 ――― 乱歩先生の紹介文より ―――

 大下宇陀児(うだる)さんが、『宇宙塵』というSF同人誌にのっている『セキストラ』を読めと、しきりに推賞するので、わたしも一読して非常に感心した。大下さんはいい作品を教えてくれた。もし、その注意がなかったら、わたしは気づかないままに終るところであった。

 これは傑作だと思った。日本人がこういう作品を書いているということが、わたしを驚かせた。わたしは世界連邦主義の賛成者だが、この奇抜な電気的性処理器の出現によって、たちまちそれが実現するという空想は、とても愉快だ……。

 ――――――――――――――――――

 大変なおほめの言葉であった。荒正人さんも東京新聞の文芸時評でとりあげて下さった。なお、さしえは文春漫画賞を取って有名になる前の久里洋二さんであった。

 こんなふうに『セキストラ』は思い出の多い作品なのだが、出来ばえの未熟さもあろうが、私自身、あまり好きな作品ではない。これから離れようとするのが、その後の軌跡である。つまり、時事風俗的なもの、性的なものからの離脱である。その成果のあらわれが2作目の『ボッコちゃん』で、最も愛着がある。書き終った時、内心で『これだ』と叫んだ。自己を発見したような気分であった。大げさな形容をすれば、能力を神からさずかったという感じである。

 それを機会に、時おり『宝石』に作品をのせてもらえることとなった。原稿料は1枚100円、源泉を2割引かれて手取り80円だった。しかし、それ以外に生きる目標はなく、執筆自体がひとつの救いだった。

(中略)

「そのころ最も苦痛だったのは、事情を知らぬ人から、金持ちの2代目というふうに見られることだった。育ちはよかったが、住宅以外に財産はほとんどない状態だったのである。」

(中略)

「作家になる運に恵まれなかったら、詐欺師かなにかになり、いまごろは刑務所に入っていたかもしれない。それを考えると、ぞっとする。私が過去を回想したがらないのは、そのためである。

 SF作家の多くは、あまり過去を語らぬ。『未来を書くのが商売だからさ』とまぜっかえすこともできるが、それぞれ暗い青春時代を持っているからではないだろうか。私には想像がつくのである。だからこそ、つとめて明るくふるまい、時には度をすごしたともいえるほどの、とんでもない話を作れるのだ。想像力の源はそこにある。

 よく『SF作家になるには、どうしたらいいでしょう』と質問されることがある。おざなりの答えしかできない。

『1回、目標喪失の地獄に落ち、もがいてみることですな』と答えなければならないわけだが、具体的にどういうことなのかとなると、説明のしようがないのである。」

(中略)

「なんだか、20代のころに愛読した太宰治のような文体になってきた。過去にふれたのがいけないのだ。どうも話が暗くなっていけねえ。考えてみれば、私は東京生まれ。江戸っ子なんだ。苦労話など、やぼというもの。おめでたい第1回の月報だというのに。

 次回からは、もっと明るいことを書くつもりです。全18巻、長いおつきあいになります。私は月報を、読者への手紙と思って書きます。」

 以下数行は、星さんから新潮社とその出版部担当者の方への
感謝の意が続いています。

新潮社の星新一作品集1
「ボッコちゃん・ようこそ地球さん」

「ボッコちゃん」
「ボッコちゃん」「おーい でてこーい」「来訪者」「月の光」「包囲」「ツキ計画」「暑さ」「約束」「猫と鼠」「生活維持省」「年賀の客」他8編。

「ようこそ地球さん」
「デラックスな拳銃」「雨」「弱点」「宇宙通信」「桃源郷」「証人」「患者」「たのしみ」「天使考」「不満」「神々の作法」「すばらしい天体」「セキストラ」「宇宙からの客」「待機」「西部に生きる男」「空への門」「思索販売業」「霧の星で」「水音」「早春の土」「友好使節」「蛍」「ずれ」「愛の鍵」「小さな十字架」他15編。

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