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ウインクホシヅル 星新一 ジャンプホシヅル
ショートショートの第一人者、日本SFの草分け、前人未到のショートショート1001編を達成。


星新一とは?
大正15年(1926)9月6日
 星さんは、東京の本郷(文京区)に生まれました。おとめ座。
 祖父は人類学者・小金井良精(こがねいよしきよ)、祖母は森鴎外の妹・喜美子。父は星製薬の創業者・星一(ほしはじめ)。

昭和26年(1951) 24歳
 東大農学部を出てまもなく、父・星一がロサンゼルスで客死。農学部農芸化学科(大学院)を中退して、倒産寸前の星製薬の経営をひきつぐも、不良債権の山。悪夢のような数年間を過ごします。その時の経験は、結局作品になることはあ りませんでした。
 ※「・・・この数年間のことは思い出したくもない。わたしの性格に閉鎖的なところがあるのは、そのためである」 早川書房世界SF全集28解説より
 ※「ひみつリサーチ」→「そのころ」 ←悪夢の日々の数少ない回想記。

昭和32年(1957) 30歳
 SF同人誌「宇宙塵」に書いた『セキストラ』が、江戸川乱歩・編集の「宝石」に転載され、幸運な作家デビューを果たします。
 ※「セキストラ」は新潮文庫「ようこそ地球さん」に収録されています。

昭和36年(1961) 34歳
 最初の単行本『人造美人』が新潮社から出版されます。短編30作を収録。直木賞候補。
 ※「ボッコちゃん」(「人造美人」改題)は現在、新潮文庫で。
 ※「ひみつリサーチ」→「人造美人について」 最初期の作品たち。

昭和39年(1964) 37歳
 9月
 和田誠さんが星さんのもとを訪れ、自費出版の絵本のために物語を書いてくれと頼みます。ノーギャラであったにもかかわらず、星さんは快く了承。限定400部の「花とひみつ」が完成します。これをきっかけに、星さんと和田さんは名コンビに。
 ※詳しくは、「ひみつリサーチ」→私家版『花とひみつ』へ。画像提供はホシヅルさん。
 ※正確にいうと、ノーギャラではなく、できた絵本の現物支給という約束だったらしい(^^ゞ
 12月 はじめてのSF長編『夢魔の標的』。 ※『夢魔の標的』は現在、新潮文庫で。

昭和42年(1967) 40歳
 星一と官僚・財閥との闘争を描いた最初のノンフィクション『人民は弱し 官吏は強し』を出版。
 ※『人民は弱し 官吏は強し』は新潮文庫で。
 ※星一の若き日の姿を知りたい方は新潮文庫 『明治・父・アメリカ』。現在古本でしか入手できませんが、伊藤博文や野口英世と交差する星一の青年期が活き活きと描かれています。

昭和43年(1968)3月 41歳
 10冊目の作品集『妄想銀行』および過去の業績により、日本推理作家協会賞を受賞。

昭和47年(1972) 45歳
 はじめての時代小説『殿さまの日』 ※『殿さまの日』は新潮文庫で。

昭和55年(1980) 53歳
 星さんの幼い日の写真、単行本未収録作品などが収録された『星新一の世界』(新評社)が出版されます。
 ※『星新一の世界』の取材を受けている星さんの写真は「星新一お宝写真館」→「ナマ写真」から。写真提供はホシヅルさん。必見!

昭和58年(1983) 56歳
 ショートショート1001編達成記念に、『真鍋博のプラネタリウム−星新一の挿絵たち−』(新潮社)を出版します。
 これ以降、ショートショートは休筆、後進の指導・エッセイの執筆などに活動の中心が移ります。
 ※1001編達成記念タバコ「センスター」については、「星新一お宝写真館」→「星新一グッズ」から。画像・情報提供はホシヅルさん。

平成9年(1997)12月30日18時23分
 闘病生活の末、東京都内の病院で、間質性肺炎のため逝去されました。享年71歳。

星さんが生み出した作品群は、英語・ロシア語・中国語など
20以上の言語に翻訳され、世界中の人々に親しまれています。

これからは、国境だけではなく、時間や世代を超えて。

 ※星作品の翻訳本に興味を持たれた方は、新潮文庫「たくさんのタブー」の解説「星新一 億の読者をもつ作家」(深見弾氏)を。

 さらに、そこで紹介されている中国語訳、ドイツ語訳、エスペラント語訳の作品に興味を持たれた方は、「星新一お宝写真館」→「外国語訳」「外国語版ショートショート集」へ。画像・情報提供はホシヅルさん、九条ゆやさん。

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